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「私の主、キリスト・イエス」ピリピ3:3、7〜11

説教者:ラルフ・スミス牧師


「私の主、キリスト・イエス」

ピリピ3:3、7〜11

神の御霊によって礼拝し、キリスト(メシア)・イエスを誇り、肉に頼らない私たちこそ、割礼の者なのです。

しかし私は、自分にとって得であったこのようなすべてのものを、キリスト(メシア)のゆえに損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエス(メシアなるイエス、私の主)を知っていることのすばらしさのゆえに、私はすべてを損と思っています。私はキリスト(メシア)のゆえにすべてを失いましたが、それらはちりあくただと考えています。それは、私がキリスト(メシア)を得て、キリスト(メシア)にある者と認められるようになるためです。私は律法による自分の義ではなく、キリスト(メシア)を信じることによる義、すなわち、信仰に基づいて神から与えられる義を持つのです。私は、キリスト(メシア)とその復活の力を知り、キリスト(メシア)の苦難にもあずかって、キリスト(メシア)の死と同じ状態になり、何とかして死者の中からの復活に達したいのです。

(ニュアンスをはっきりさせるためにスミス牧師がギリシャ語の原語に忠実に言い換えたところを青字にしています)

パウロがキリストという言葉を使う時、まるで名前であるかのように使ってはいない。「キリスト」はギリシャ語で「メシア」という意味である。パウロはユダヤ人である。メシアは約束された救い主、ユダヤ人の王であり預言者であり祭司であった。だからキリストをメシアと置き換えると、パウロが繰り返し主イエス・キリストをメシアと呼んでいることが分かると思う。メシアは旧約の中で何百年にも渡って約束された救い主なので、パウロにとって何よりも大切なお方であった。

この箇所の前後関係の中でこれは特に大切である。パウロに反対する人たちは、自分たちも旧約の律法を守っているので、他の人たちにも守るように教えていた。異邦人は割礼を受けなければ救われないと教えたり、食べ物についての律法を守らせようとしたり、安息日を守るように教えたりした。

パウロはユダヤ人の中のユダヤ人で、律法を厳格に守っており、責められることは何もなかった。ユダヤ人が自分のことを誇るなら、パウロもそれ以上に誇ることができるがそれはしない。すべて得だと思っていたことを損と思うようになった。


この時パウロは何歳か、その時までにどのように導かれたのかをすこし一緒に思い出したいと思う。じつはこの箇所の中にパウロが救われた時のことを指している言い方があると思う。

●私の主キリスト

私の主であるキリスト・イエス(メシアなるイエス、私の主)を知っていることのすばらしさのゆえに、私はすべてを損と思っています。(3:8a)

ギリシャの言葉の順番は日本語の翻訳とちがうので強調がちがっていると思う。言葉の順番は「メシアなるイエス、私の主」で始まる。「私の主」ということばはイエス様につながっている。そしてパウロのすべての手紙の中で、「私の主」という言い方はここにしかない。繰り返し出て来るのは「私たちの主」という言い方である。パウロはなぜこのように「私の主」という言い方をしているのか、そしてすべてのものを損と思うようになったこととどうつながるのか。このことを一緒に考えてみる。

パウロが主イエス・キリストを信じたときのストーリーは聖書に三回も書かれている。一回目は使徒の働き9章で、ルカがそこで歴史的な事実を説明している。二回目は使徒の働き22章で、ユダヤ人に証しとして話した。三回目は使徒の働き26章で、ローマ帝国と共にユダヤを統治したアグリッパ王に証しとして話した。三回とも、パウロがイエス様に出会ったときのことを話しているというのは正確ではない。それよりもイエス様を信じることになったときのことを話していると言った方が良い。

なぜイエス様に出会ったという言い方は正確ではないのかというと、使徒の働き22章で、パウロがエルサレムで育ち、ガマリエルのもとで律法についての教育を受けたと言っていることから想像できる。書かれていないが、パウロはだいたい十五歳くらいからガマリエルの下で学んでいたと思う。当時は卒業式などはないので十年でも学び続ける。例えば十五歳から二十五歳までガマリエルと学んだとしたらその間ずっとエルサレムにいたことになる。その後タルソに戻ったりエルサレムに行ったりしたかもしれないが、その十年の間にバプテスマのヨハネの働きが始まっていて、イエス様の働きも始まった。バプテスマのヨハネはパリサイ人たちの間では有名だったので、パウロは他のパリサイ人たちから話を聞いたりしていたと思う。パリサイ人たちはバプテスマのヨハネに反対していた。ヨハネはパリサイ人を蛇と呼んだり偽善者と呼んだりしていたからである。

ヨハネの福音書2章のカナの婚礼の奇跡のあと、イエス様は過越の祭りに行った。どの奇跡を行ったかは書かれていないが、ヨハネ3章にはこのときたくさんの奇跡を行ったと書かれている。ニコデモは、これほど多くのしるしを行えるのは神から遣わされた人のみだ、と告白した。イエス様はバプテスマを受けた後の最初の過越の祭りで、ご自分がメシアであることをイスラエルに現わしている。そのときに神殿から商人を追い出したりした。すごく目立つ働きで、パウロは当然イエス様のことを知っていたと思う。しかしイエス様が生きている間にパウロはイエス様を信じなかったし、受け入れなかったし、イエス様の奇跡を見ても聞いても信じなかった。

イエス様が十字架上で死んだときもパウロはパリサイ人の側に立って、十字架の意味を悟らなかった。

イエス様が復活した時に、パウロは皆が言っていた偽りを信じていたかもしれない。つまり弟子たちがイエス様の遺体を盗んだという偽りである。当時のユダヤ人はそのように信じていた。

使徒の働き9章で、パウロは大祭司からの手紙によってダマスコのユダヤ人クリスチャンを捕らえてエルサレムに連れて来て、教会を迫害する権威を与えられた。その時パウロは多分三十歳くらいだと思う。なぜならユダヤ人の中で祭司の務めができるのは三十歳からで(本格的な訓練は二十五歳から始まるが)、この時に大祭司からパウロに渡された責任は大きく、訓練の浅い若い男性に務まるものではなかったからである。


●キリスト(メシア)・イエス

パウロはダマスコに行ってキリスト教を迫害する務めを大祭司から受けた。そこに行く途中に突然天からの光が彼の周りを照らし、自分に語り掛けるイエス様の声を聞いた。

【使徒の働き9:4b~5】「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」

彼が、「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」

それでパウロはダマスコまで行ってバプテスマを受けて、すぐに福音を伝えるようになった。イエス様を信じて自分が得と思うもの全てを損と思うようになった。自分はへブル人でパリサイ人であることなどに頼らず、誇りに思わず、誇るのはメシアのみであった。パウロが損と思うようになったのは律法による義などである。それは律法に書いてあることを見下すとか信じていないとかそういう意味ではなく、律法に書いてあることはすべてメシアを指していて、メシアの栄光を表すために書かれているということである。本当の意味で律法を信じるならメシアを信じなければならない。そして自分の正しさを主張するのではなく、自分の罪を認めて、イエス様のみが救い主であることを信じて、神様から与えられる義を受けなければならない。

新約聖書の中でイエス・キリストという言い方はよくあるが、キリスト(メシア)・イエスという言い方は67回あって、そのうちパウロの手紙以外は3回しかない。つまりキリスト(メシア)・イエスはパウロの手紙に60回以上繰り返し出てくるパウロの特別な言い方である。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」とイエス様が答えてくださったときから、パウロはイエス様のことをメシアなるイエス様と手紙の中で繰り返し書いている。そのイエス様に出会ったときに、すべての誇りだったものを損と思うようになった。パウロの人生の一番の目的はイエス様ご自身を知ることである。イエス様に仕えて、イエス様に与えられた使命を果たすことである。

パウロはそれをピリピの教会に話している。だから、割礼や律法による義ではなくて、主イエス・キリストのみを誇りとし、主イエス・キリストにある義を求めて、イエス様を信じて、御霊によって正しい礼拝をし、イエス様のために生きるようにピリピの教会を励ましている。

パウロが自分の救いについて使徒の働きで三回も繰り返し、ピリピの教会にも教えているのは、私たちに模範を示すためである。パウロ自身はピリピ3章のこのあとのところではっきり言う。

【ピリピ3:15~17】もしも、あなたがたが何か違う考え方をしているなら、そのことも神があなたがたに明らかにしてくださいます。ただし、私たちは到達したところを基準にして進むべきです。兄弟たち、私に倣う者となってください。またあなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。

パウロは私たちに歩むべき模範を示してくださって、私たちに一番大切なことは主イエス・キリストご自身であると教えてくれた。キリストを知る知識は他よりはるかに大切である。これは何か狭い宗教的な話に過ぎないと言っているわけではない。コロサイ、ピリピ、エペソ、ピレモンの手紙は60~62年の間にパウロがローマに軟禁されている時に書いた手紙である。その中でパウロは一貫してイエス様がすべてのものをお造りになった創造主であること、すべてを支配しておられるお方であること、すべての被造物はイエス様にあって成り立っていること、つまり主イエス・キリストを知る知識はすべての被造物に関係があり、すべての被造物を含む知識であることを説明している。イエス様を知ることは宗教的な狭い秘密ではなく、被造物全体の意味につながる。旧約聖書に書いてあるすべてのことは主イエス・キリストを指している。だからパウロは聖書のことをキリストのことばと言っている。

【コロサイ3:16】キリストのことばが、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、忠告し合い、詩と賛美と霊の歌により、感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。

キリストのことばとは、つまりキリストに与えられたことば、キリストについてのことば、キリストご自身を中心にしていることばのことである。聖書全体はメシアのことばである。それでパウロはメシアのことばを自分の心に刻んで、感謝の心をもって毎日の生活を歩むようにピリピの教会を励ましている。具体的にはパウロ自身の生き方、ピリピ3章に書いてあるような思いはキリストのことばを自分の心に刻んで感謝をもって歩むように模範を示してくださる。

私たちはすべてのことを損と思ってイエス様を信じる。私たちの誇りはイエス様にあり、他のものにはない。自分の誇りは救い主である神の御子イエス様である。歌ってイエス様を賛美する。他の人に自分の誇りであるイエス様を紹介する。みことばを呼んで求めて、感謝の心をもって歩む。

毎週の聖餐式でパンとぶどう酒をいただいて、感謝してこの救い主なるイエス様を誇りとしていただく。そして聖餐の後で、自分の全てを神にささげて、神に従って歩む誓いをあらたにする。




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